記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

羊毛的山月記

久虎晃は成積優秀ないたって真面目な学生だった 。

非常に頭の切れることで有名であったため、幼少の頃から周囲に期待をかけられて、一目おかれるような扱いには慣れていた。並みの人間であれば到底耐えられない様なプレッシャーにも全く応えずにいかんなく才能を発揮できるような精神力を持っていた。

当たり前のようにその先の将来に有利な高校に進学した彼はそこで初めて彼に媚びへつらうことなく接してくる人間に出会った。彼らは周囲が勉強に明け暮れるのを尻目に「軽音楽部」を設立して思うまま音楽を楽しんでいた。「軽音」の遠山は彼に演奏すること、表現することの喜びを教えた。

それから彼は一変して音楽にのめり込み、水を得た魚のようにいきいきと音楽漬けの生活を送った。
そして案の定父親らが望んだ大学とは別の学校へ進学した。
進学後も遠山たちとは度々一緒に音楽を楽しんだ。
しかし、徐々に彼からの連絡が途絶え始める。大学もとうの昔に辞めていた。
遠山は彼の行方を捜し、ついに元カノから居場所を聞き出して現住所であるらしいアパートへ向かった。

時間が空いたとはいえそれほどの月日がたっていないのにもかかわらず見る影もなく衰えた友人の姿に遠山は絶句した。次に何らかの薬をやっているのではないかと危惧し、狭い部屋の中をひっかきまわして調べたがそれらしい気配はなく、ようやく一拍置いたのち久虎に声をかけた。



おまえはいったい連絡もよこさずにずっと何をしていたんだ。どうしたというのか。



久虎は何か喋っているかのようだったがよく聞き取れない。近づいて耳を傾ければ、「帰れ」とのことだった。



冗談ではない。こんな今にも死にそうな人間をほっぽり出して帰れるはずがない。



遠山は埒が明かないと思い苦労して彼を自分の家まで連れ帰った。



頬がこけ顔色がさえないことからろくに物を食っていないことは容易にわかる。ありあわせのものを食べさせて、「何が何でもお前から何があったのかを聞きだすまではお前を一人にはしない」という旨を100篇ほど言い聞かせるとようやく彼は話し始めた。


まず自分はもう人間ではないと思う。
もう、という言い方をするとまるで以前はまっとうな人間であったかのような言い回しになるがずっと周囲の期待にこたえるようにしか動いてこなかった。今となってはそれすらもわからない。
お前に誘ってもらって生まれて初めて自分の人生には直接的に役には立たないことの面白さを知った。そして夢中になった。表現者の喜びを知ると、表現についてもっと極めていきたくなる。
それ自体は別段よくあることだけど、俺はそこから先を誤った。

何かを高めようとするならば、仲間にアドバイスを求めるような局面が必ずある。俺はそれをことごとく避けてきた。単に間違いを恐れたわけではなく、表現者としての日が浅い癖に自分のようやく培ってきたものが他人の一言でなし崩しになってしまった時、その後を恐れたんだ。
自分の思うままに表現できなくなることで、自分らしさが無くなってしまうのではないかとつまらないことを恐れた。
だからお前たちと離れた。
離れて薄いつながりでライブに参加したりしてふわふわ生きてきた。

ある日、恋人が「あなたの子どもが出来た」と言った。
全く身に覚えがないわけではないのだから、恋人なのだから、喜ぶべきなのだろう。だがどうしても出来ずに一瞬彼女の眼を強く見てしまった。すると相手は眼をそらした。
こんなことは言うつもりではなかった、言うつもりではなかったのだけれどとっさに


「誰の子どもだ」


とやってしまった。


彼女は妊娠していなかった。

いつまでもふわふわ生きている俺の心を単純に純粋な気持ちで試したらしい。
一瞬目をそらしてしまったのは多分彼女の心に別の人間が少なからず浮かんだのだろう。
でも、その一言が決定打となった。彼女は出ていった。
俺は彼女を愛していたはずなのになぜこんなことを言ったのかと自問自答すればなんのことはない、
おれは「彼女」を愛していたのではなくて「俺の数少ない理解者」を愛していただけだった。
だから結婚なんて全く考えられなかった。

去り際に彼女は言った。


「一人の人間の気持ちも、こんなに近くにずっといてもわからない様な人に、人の心を動かせるような音楽なんてできるわけないでしょう」


だからもう俺は人間ではない様な気がする。かといって昔のように音楽に全てをぶつけることももうできない「人の心を動かせる」そんな動機が無くなってしまったから。


一通り黙って遠山は聞いていたが彼が全て語り終えるとおもむろに家探しをして保険証を持って彼を心療内科へと連れて行った。

軽く栄養失調にもなっていたから必要なだけ彼を養生させられるように病院を回った。
とにかくものを食えるような状態にしなければならないと遠山は動いた。

当然こんな状態の久虎に診療代などあるわけもなく全て遠山が立て替えた。
名は売れてきたとはいえまだ若いインディーズバンドでほぼフリーターの遠山だってこの出費が痛いことぐらいすぐわかる。久虎は遠山に「なぜ俺の為にそんなに尽くしてくれるのか」と訊くと遠山は

お前と昔一緒にやっていたバンドで、お前が俺たちの為に書いてくれた曲が今一番の財産になっている。
お前は全く才能がないわけじゃない。
だから俺がダメだとみなすまでは生きていろ。


---a----


久虎は現在遠山の片腕となりバンドを支えている。



スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

JuhlaSisko シノダ

Author:JuhlaSisko シノダ
シノダ レイコ

1987年 5月生まれ。
JuhlaSisko、制作担当。
三度の飯と同じくらい編み物が大好き。生まれも育ちも茨城。


ミコシバ デミコ

1987年 10月生まれ。
JuhlaSisko、設計担当。
口も悪いが手も早い。生まれも育ちも茨城。


【活動歴】
2009年   創作人形ユニット「雑用姉妹」結成。

2010年5月 デザインフェスタに初参加。

2014年   創作人形ユニットから創作編みぐるみユニットに。
      このころから作品の販売を開始する。

2015年末  本格的に作品の販売活動を始める。

minne

Twitter

QR Code

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。