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日本を嫌いにならないで

5年前、何してた? ブログネタ:5年前、何してた? 参加中
本文はここから
5周年ありがとうキャンペーン
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こんばんは。雑用の情緒不安定な方、シノダです。

シノダは感受性が豊かすぎるきらいがありますがけして引っ込み思案な方ではありませんでした。

言いたいことはいう。今も同じ。

けれど5年前は女子学生なわけ。




女の子は群れて生きるもの。

本当は一人が好きだったけれど、仕方なく参加していました。(←やな奴)




だって。

「あの子たちとは口きいちゃだめだよ―」とか。

「あの子ってこういうとこあるよねー」だの。

そんな子ばかりじゃないけれど、そんな子になる御年頃。




当時、うちのクラスには日本在住のブラジル人の女の子がいました。

明るいから友達も多かったの。

で、急にご両親の都合で帰国することになったので、お別れ会が開かれました。

みんな泣いて泣いて、いい会だったのね。ところが。


またまた急に帰国取りやめになったものだからさあ大変。

まあ、さあ大変と言っても、シノダはよかったねー。としか思わなかったのですが。



他の女の子たちは、あの盛り上がりの後で「普通」に過ごしているその子の

態度が受け入れられ難かったらしく、軽くシカトのような雰囲気になりました。

これって日本人特有のものだということを後にシノダは知ります。




でもほんと。やっちゃねー。やだやだ。

あれはいや。ケンカ嫌いだもの。

ケンカするならまだ殴り合いの方が好き。ダメだけどね。

しばらくしたら学校にあまり顔を出さなくなってしまいました。




もう、こんなの耐えられないので家まで迎えに行きましたよ。

おんなじこと考えていた他の女の子と二人で。

そうしたら。




「それは仕方がないことなんだよ。分かってくれる人がいてくれればそれでいい。」

という言葉が返ってきました。

ああそうか。





彼女はいっても日本の暮らしが短かったわけではないので、国民性をよく理解していたのです。

シノダの方がその時に初めて気づきました。

おかしいとか、気持ち悪いとは感じていたけれど。

それはまるで初めて写真家としてビジネス的判断をした時の名取洋之介のような感覚。

「あ"ーーー日本人気もち悪いぜ」っていう感覚。




月日はたって、多分その子はいまはもうブラジル。

シノダのことは忘れているのに違いない。

忘れるのは当然だしどうでもいいけど、日本嫌いになっててほしくないなあ。

「日本」をっていうか「日本人全体」を。


シノダ

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プロフィール

JuhlaSisko シノダ

Author:JuhlaSisko シノダ
シノダ レイコ

1987年 5月生まれ。
JuhlaSisko、制作担当。
三度の飯と同じくらい編み物が大好き。生まれも育ちも茨城。


ミコシバ デミコ

1987年 10月生まれ。
JuhlaSisko、設計担当。
口も悪いが手も早い。生まれも育ちも茨城。


【活動歴】
2009年   創作人形ユニット「雑用姉妹」結成。

2010年5月 デザインフェスタに初参加。

2014年   創作人形ユニットから創作編みぐるみユニットに。
      このころから作品の販売を開始する。

2015年末  本格的に作品の販売活動を始める。

minne

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