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ヒグチさん、スルー。

4回目もヒグチさんが書きました。



#004 sushi


休みの日は大抵家にいる。外見から友人たちにはかなりアウトドア派だと思われているようだが実はものすごいインドア人間。だってお家が好きなんだもん。
買い物も好きだけれど必要な物があるときにしか行かない。ウィンドウショッピングの基本理念が分からない。

図書館は便利だけれど返しに行くのが面倒くさい。TSUTAYAみたいなサービスがあればいいのに。無理だけど。田舎だから図書館の設備だってはっきり言っていいとは言えない。読みたいけれど買うほどではないといった本を読みたくなった時に利用するのが図書館だ。そういうものだと思ってる。最近はPCで検索機能を利用できるからまだよくなったけれどそれ故に解せないことがある。

「貸出可」の表示があるから喜んでタイトルをクリックするのに分館にあります、とはどういうことなんだ。おかしいだろ。だったら最初から「取り寄せ可」とかの表示にしておけよ。なんなの予約12カ月待ちって。1年も待ってたらもう読みたい時期が過ぎちゃうでしょ。しかもシリーズものでやるのかよ。新刊が出ちゃうだろ。

ウィンドウショッピングの基本理念は理解できないけれど、とくに決まっていないのに図書館や書店をうろうろするのは大好き。わくわくするだろ。なんか。「頭のいいこの育て方」。誰が読むんだよ、とかさ。紀伊国屋さんとかいいよね。なんでもそろってるんだよ。大抵見つかるんだよ。
でも俺が住んでるのは都会が近くて遠い田舎。だから図書館で我慢します。
図書館の本って誰かがしおり代わりに挟んだ遺跡とか出てくるんだよな。1万円とかみつけたときはかなり嬉しかった。当時中学生だったし。だけど「もう忘れることにします」というメモは怖かった。誰に何のためにあてたものなのか。ただの本のタイトルだと信じたい。俺はそのメモを忘れることにしたいよ。

とくにめぼしい本がなかったけどとりあえずタイトルや装丁で選んだ本と、なんとなくいつも借りてしまうシリーズもののヴィジュアル図鑑の一冊を借りて自宅に戻ってきた。

家に帰ると玄関のジジイがあんまりいい顔をしていなかった。
何かあるときは内容まで教えて欲しいけれど、残念ながらこのジジイは赤の他人だ。なぜかこの家に居付いている幽霊だ。俺は姿が見えるだけ。
最近、怖がりから始めた行為だが、逢う度の挨拶が功を奏したのかジジイに認められたようだ。
窓を開け放して出かけたために室内に雨が入っていた時は非常にガッカリ感のある表情で教えてくれた。
もうちょっと進歩して窓閉めておいてくれれば助かるんだけれども。

何かあったのか。雨ぐらいで済んでほしいけれど今日は快晴。怖くない方向の事柄であってほしい。
家の中はいたって異常がなかった。だとすれば。開かずの間か。
開かずの間、とはあいつの作業場の呼び名。昼夜かまわずカーテンどころか雨戸さえ開けない暗闇の部屋。あいつもお家大好き人間だが、その究極だ。

開けるのがなんだか怖かったが、中で何が起こっているのか分からないまま夕方になったらもっと怖いので開けることにした。


えええええ。なにやってんの。
開けてすぐそこのところに土下座の状態からそのまま膝を抱え込んで限界まで体を縮めこませてうずくまっていた。怖い。怖い。え、ていうか大丈夫か。

「大丈夫か。」
応答なし。え、救急車。呼ぶしかないのか。これ。
「おい。」
応答なし。待って。ちょっと、誰か来て。ジジイちょっと来て。

よくみたら耳にイヤフォンが付いていた。あわててひっこ抜く。てめえ、この。
「おい。大丈夫か。」
ようやく気がついたらしく、のろのろと上体をもちあげて見上げてきた。貞子みたいだよ。まじ怖い。
イツモノ ダイジョウブダカラ。
音声が出ていない。だから独学読唇術で読み取ったよ。でも普通その状態を大丈夫とはみなさないぞ。
とりあえず買い置きのハーゲンダッツバニラ味を与えてみたら幾分か落ち着いたようだ。だけどその表情はやめてくれよ。それじゃあまるでゾンビだよ。せめて瞬きはしてくれよ。超怖え。

でも実際これはいつものことだ、というのが一緒に暮らすようになった最近ようやく分かってきた。出会ってから1か月に2~3回の割合で連絡がつかなくなる時があった。この状態に陥っていたらしい。本人いわく生まれつき。体に目立った症状があらわれるわけでもない。しいて言うなれば「なにか落下系の絶叫マシンに乗った時の浮遊感とともに来る心臓付近の気持ち悪さ」。「遠足前日の眠れない感覚」。「緊張している時の心もとない感じ」。あれが始終続くのだそうだ。それは確かに辛そうだ。
一応親もそういうメンタル的な医者に診せたそうだ。
「統合失調症」。
これは思い当たるものが見つからないときによく下される判定なのだそうだ。だからとりあえず貰っている薬も気休め程度にしかなってくれない。嵐が通り過ぎるのを待つしかない。そんな感じ。すごい嫌。

何かきっかけ的な物があると普段の状態に戻るのだが、前回効いたコントDVDはもう効かない。
麻酔は耐性が出来てしまうともう役に立たない。だからモルヒネは偉大だ、という話を小耳に挟んだことがあるが、この状態に効くモルヒネは今のところ見付かっていない。手当たりしだいに何かするしかないわけなんだが本人が動けない状態まで進行してしまった場合はもうそれこそ待つしかない。

ほんとこの家に来てからというものの怖い事ばかりあるがこれぐらい嫌な怖さはない。ほっといても体に直接きている訳ではないのだから死ぬことはない。だけどまともな神経をしている人間だったら、横で人が苦しんでいるのを平然と受け流せないだろ。

「今、どんな状態なの。」
「何かしなくちゃいけない気がするんだけど、何していいのか分からない。すっごい気持ち悪い。哀しくてやりきれない。」
「じゃあ、とりあえず泣くとかしたらいいだろ。」
黙って首を振った。普段から表情に乏しいから感情表現がうまくないのだろう。なんだかものすごく不憫だ。
俺の方が泣きたくなってきた。怖いし。でも泣いたらもっと怖くなりそう。大人だし。
哀しいし怖いから歌を歌った。「かなしくてやりきれない」。

お、口が動いてる。成功したのか。俺、ナイスファイト。

アカシアノ アメニ ウタレテ コノママ シンデシマイタイ

違った。
「アカシアの雨」だった。なにその選曲。すげえ怖いよ。まじかよ、お前。
「お前、なんで違う曲歌うんだよ。この状況で。」
「そんな曲歌ったら、余計に哀しくなるだろ。バカか、てめえ。」
「てめえ、調子に乗ってんじゃねえぞ。そっちの方が哀しいだろ。」

するとおもむろに立ちあがってオーディオプレイヤーの方に向かった。
CDを選んでセットしている。

赤い鳥の「竹田の子守唄」。
お前まじかよ。いやがらせなのか。
ご存じ「竹田の子守唄」。大阪の被差別部落が発祥とされる歌。熱唱してる。
俺はどうすればいいんだこの場合。ジジイ知ってたらすぐに教えて。人生経験豊富でしょ。幽霊やってるくらいだし。

ぼんやりしてるうちに一曲歌いきった。いつの間にかフォークソングのカラオケになっていた。
俺が最初に歌ったのがいけなかったんだろうけど、こういうフォークソングってどうしようもないのが多いよ。
「わかって下さい」とか「精霊流し」とか「あなた」とか。
失敗した。ある意味成功かもしれないけれど今度からは中田ヤスタカとかにしよう。J-POPにしよう。ジャパレゲとかにしよう。歌うものじゃないかもしれないけど。

ぼんやりしているうちに、歌っているうちに、嵐が過ぎたようだ。

「ねえ、今日カラオケ行こうよ。」
「いいけど。もう大丈夫なの。」
「うん。それから回転ずし行こう。」

あいつは「お寿司、お寿司。」と言いながら台所の方に行ってしまった。
まじ、本気で犬飼おう。一人じゃ怖すぎるよ。ジジイ動かねえから役立たねえし。動いたら動いたで怖いし。
まあ元気になったならいいけどさ。まだなんか歌ってるよ。

「珍しく明るい歌だけど、誰のなんて曲なの。」
「相対性理論の地獄先生。最近の人だよ。」
タイトル怖え。なにそのユニット名。時空でも超える気なの。
ていうかほとんどメディアに接しない人なのになんでそういう情報は入ってくるの。なにそのネットワーク。怖いからやめてよね。


カラオケに行くときに玄関のジジイが
  ヨクヤッタ
と口を動かしていた。そうだよ。俺、読唇術だいたいできるじゃん。ジジイこの野郎。もっと積極的に情報を伝える努力をしやがれ。そもそもなんで成仏しねえんだ。明け方のお前は心臓に悪いぞ。この野郎。


でもいつも通り会釈をするだけにとどめて置いた。だって怖いから。
fin.



だそうです。

作中に出てくる病気、統合失調症。これの元はchoresistersのシノダです。


でも全然気にしなーい。だって良くある病気だもの。普通の時は何ともないもの。

おんなじことで困ってる人がいたら元気出してね。by シノダ

犬は出さずに流したようです。

ツヅク

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プロフィール

JuhlaSisko シノダ

Author:JuhlaSisko シノダ
シノダ レイコ

1987年 5月生まれ。
JuhlaSisko、制作担当。
三度の飯と同じくらい編み物が大好き。生まれも育ちも茨城。


ミコシバ デミコ

1987年 10月生まれ。
JuhlaSisko、設計担当。
口も悪いが手も早い。生まれも育ちも茨城。


【活動歴】
2009年   創作人形ユニット「雑用姉妹」結成。

2010年5月 デザインフェスタに初参加。

2014年   創作人形ユニットから創作編みぐるみユニットに。
      このころから作品の販売を開始する。

2015年末  本格的に作品の販売活動を始める。

minne

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